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判例解説

ルンバール事件(因果関係)

ルンバール事件(因果関係)
 ―最高裁判所昭和50年10月24日判決

【前提事実】

X(当時3才)は、化膿性髄膜炎のため昭和30年9月6日、Yの経営するZ大学医学部附属病院小児科へ入院し、医師A(主治医)、同Bの治療を受け、次第に重篤状態を脱し、一貫して軽快しつつあったが、同月17日午後0時30分から1時頃までの間にAによりルンバール(腰椎穿刺による髄液採取とペニシリンの髄腔内注入、以下「本件ルンバール」という。)の施術を受けたところ、その15分ないし20分後突然に嘔吐、けいれんの発作等(以下「本件発作」という。)を起し、右半身けいれん性不全麻痺、性格障害、知能障害及び運動障害等を残した欠損治癒の状態で同年11月2日退院し、現在も後遺症として知能障害、運動障害等がある。

Xは、食後間もなくルンバールを実施したA、及びXの嘔吐後に短時間の訪室のみで問題なしと判断したBの治療上・指導上の過失を主張し、Yに対して損害賠償請求訴訟を提起した。

第2審(東京高判昭48年2月28日)は、事実関係を「本件ルンバール直前におけるXの髄膜炎の症状は、一貫して軽快しつつあったが、右施術直後、Aは、試験管に採取した髄液を透して見て『ちっともにごりがない。すっかりよくなりましたね。』と述べ、また、病状検査のため本件発作後の9月19日に実施されたルンバールによる髄液所見でも、髄液中の細胞数が本件ルンバール施術前より減少して病状の好転を示していた。
一般に、ルンバールはその施術後患者が嘔吐することがあるので、食事の前後を避けて行うのが通例であるのに、本件ルンバールは、Xの昼食後20分以内の時刻に実施されたが、これは、当日Aが医学会の出席に間に合わせるため、あえてその時刻になされたものである。そして、右施術は、嫌がって泣き叫ぶXに看護婦が馬乗りとなるなどしてその体を固定したうえ、Aによって実施されたが、一度で穿刺に成功せず、何度もやりなおし、終了まで約30分間を要した。

もともと脆弱な血管の持主で入院当初より出血性傾向が認められたXに対し右情況のもとで本件ルンバールを実施したことにより脳出血を惹起した可能性がある。

本件発作が突然のけいれんを伴う意識混濁ではじまり、右半身に強いけいれんと不全麻痺を生じたことに対する臨床医的所見と、全般的な律動不全と左前頭及び左側頭部の限局性異常波(棘波)の脳波所見とを総合して観察すると、脳の異常部位が脳実質の左部にあると判断される。

Xの本件発作後少なくとも退院まで、主治医のAは、その原因を脳出血によるものと判断し治療を行ってきた。

化膿性髄膜炎の再燃する蓋然性は通常低いものとされており、当時他にこれが再燃するような特別の事情も認められなかつた」と認定しつつも、本件訴訟にあらわれた証拠によっては、本件発作とその後の病変の原因が脳出血によるか、又は化膿性髄膜炎もしくはこれに随伴する脳実質の病変の再燃のいずれによるかは判定し難いとし、また、本件発作とその後の病変の原因が本件ルンバールの実施にあることを断定し難いとしてXの請求を棄却した。X、上告。

【裁判所の判断(判例)】

「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。」

「本件では、Xの本件発作後少なくとも退院まで、本件発作とその後の病変が脳出血によるものとして治療が行われており、また、鑑定人Cは、本件発作が突然のけいれんを伴う意識混濁で始り、後に失語症、右半身不全麻痺等をきたした臨床症状によると、右発作の原因として脳出血が一番可能性があるとしていること、B 脳波研究の専門家である鑑定人Dは、結論において断定することを避けながらも、Xの脳波記録につき『これらの脳波所見は脳機能不全と、左側前頭及び側頭を中心とする何らかの病変を想定せしめるものである。即ち鑑定対象である脳波所見によれば、病巣部乃至は異常部位は、脳実質の左部にあると判断される』としていること、C 原審確定の事実、殊に、本件発作は、Xの病状が一貫して軽快しつつある段階において、本件ルンバール実施後15分ないし20分を経て突然に発生したものであり、他方、化膿性髄膜炎の再燃する蓋然性は通常低いものとされており、当時これが再燃するような特別の事情も認められなかつたこと、以上の事実関係を、因果関係に関する説示した見地にたって総合検討すると、他に特段の事情が認められないかぎり、経験則上本件発作とその後の病変の原因は脳出血であり、これが本件ルンバールに困って発生したものというべく、結局、Xの本件発作及びその後の病変と本件ルンバールとの間に因果関係を肯定するのが相当である。」

この結果、最高裁は、原判決は、因果関係に関する法則の解釈適用を誤り、経験則違背、理由不備の違法をおかしたとして破棄しつつ、担当医師らの過失の有無等につきなお審理する必要があるとして、原審に差し戻した。

【ポイントの解説】

 医療事故の場合に、患者に損害賠償請求権が認められるためには、加害行為(故意・過失行為あるいは債務の本旨に従った履行をしないこと)と結果(権利の侵害/損害の発生)との間に、因果関係が必要です。
加害行為との因果関係は、権利の侵害(法律上保護される利益の侵害)にとどまらず、損害の発生にも必要とされますが、医療事件では、損害の発生そのものよりも、患者の特定の状態、すなわち患者の死亡や後遺障害の発生、自己決定権侵害等(権利侵害)の各事実との関係で認められるかどうかが争点となるケースが多いとされます。

 因果関係の有無は、一言で言うと、「あれ(原因)なければこれ(結果)がない」と判断できるかどうかにより認定されますが、具体的に、これをどのように判断するのか(どの程度の証明がなされれば認定が可能か)が問題となります。
 この点、学説上は様々な対立がありますが、医療事件について、最高裁判所が判断を示したのが紹介したルンバール事件判決です。

3 この判決(前段の規範部分)で、ポイントなるのは、次の2点です。
@一点の疑義も許されない証明ではないこと
一点の疑義も許されない証明とは反証可能性がないことを意味しますから、判決の言わんとするところは、反証可能性があってもそれだけで高度の蓋然性がないとはいえないことになります。

A通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得ること
確信を持ち得るかどうか判断するのは裁判官ですが、最高裁は、因果関係を判断する際の依るべき基準は、専門家ではなく、通常人(一般人)だとしました。
最高裁の示した判断基準については、学説上は批判も多いところですが、誤解を恐れず噛み砕けば、一般人からみて、原因と結果の間に、「必ずそうに違いない」といえる必要はなく、「おそらくそうに違いない」と裁判官が考えられるのであれば、因果関係を認めてよいとの判断を示したものといえます。

4 一般に医療事故における因果関係判断としては、@現実の事象経過の不明な事例に関するものと、A不作為事象で義務に適する行為がなされた場合の損害(結果)の回避可能性が不明確なものがあるとされます。

このうち、本件は、@に関するものと分析され、本件の判断基準がAに関するものに妥当するのか、議論されてきました。

この点、最高裁平成11年2月25日判決は、「ルンバール事件判決は、医師が注意義務に従って行うべき診療行為を行わなかった不作為と患者の死亡との間の因果関係の存否の判断においても異なるところはなく、経験則に照らして統計資料その他の医学的知見に関するものを含む全証拠を総合的に検討し、医師の右不作為が患者の当該時点における死亡を招来したこと、換言すると、医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば、医師の右不作為と患者の死亡との間の因果関係は肯定されるものと解すべきである。」との判断を示しております。

(千賀 守人)

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