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判例解説

診療拒否事件

診療拒否事件
 ―神戸地方裁判所平成4年6月30日判決

【前提事実】

Aは、交通事故により両側肺挫傷・右気管支断裂の傷害を負い、救急車で搬送されることになった。消防局管制室は、第2次救急医療機関のB病院に受入れを求めたが、B病院の医師は、搬送されたAの容態から第3次救急患者であると診断し、Aの受入れを拒絶した。

このため、消防局管制室は、第3次救急医療機関であるC病院に受入れを求めたが、C病院の受付担当者は、夜間救急担当医の指示を受け、脳外科医と整形外科医が在直(但し、外科医を含む13名の医師が在院)のため受入れられないと拒絶した。その後、Aは、隣町のD病院に収容されたが、前記受傷に起因する呼吸不全により死亡した。

Aの遺族Xらが、C病院を開設したY市に対し、不法行為を理由に200万円の慰謝料請求をした。

Y市は、C病院の受付担当者は、その時点における同院の情報提供をしたにすぎず、診療を拒絶したものではない、また、医師法19条1項の応招義務(応需義務)は公法上の義務にすぎず、医師が診療を拒絶しても患者に対して民事責任を負うものではない等と反論した。

【裁判所の判断】

1)診療拒否の成否について
(連絡内容等詳細に事実認定したうえで)「客観的にみて、被告病院(C病院)の本件夜間救急担当医師は、本件管制室の本件連絡に対し、同病院の本件受付担当者を介して、亡Aの受入れ(診療)を拒否した(以下、本件診療拒否という。)といわざるを得ない。」

2)C病院の民事責任について
「医師法19条1項は、…医師の応招義務を規定したものと解されるところ、同応招義務は直接には公法上の義務であり、医師が診療を拒否した場合でも、それが直ちに民事上の責任に結びつくものではないというべきである。

しかしながら、…右応招義務は患者保護の側面をも有すると解されるから、医師が診療を拒否して患者に損害を与えた場合には、当該医師に過失があるという一応の推定がなされ、同医師において同診療拒否を正当ならしめる事由の存在、すなわち、この正当事由に該当する具体的事実を主張・立証しないかぎり、同医師は患者の被った損害を賠償すべき責任を負うと解するのが相当である。」

「病院は、医師が公衆又は特定多数人のため、医業をなす場所であり、傷病者が科学的で且つ適切な診療を受けることができる便宜を与えることを主たる目的として組織され、且つ、運営されるものでなければならない(医療法1条の1第1項)故、病院も、医師と同様の診療義務を負うと解するのが相当である。」

「病院所属の医師が診察拒否をした場合、…当該病院の診療拒否となり、右一応推定される過失も右病院の過失になると解するのが相当である。」

3)診療拒否の正当事由の存否について
ア Y市周辺の救急医療体制
「第三次救急医療機関である被告病院がY市内における第一次、第二次救急医療機関の存在をもつて本件診療拒否の正当理由とすることは、できないというべきである。」
B病院と被告病院以外の近隣の第三次救急医療機関であるD病院・E病院との距離関係、特にB病院から右二病院に至る道路も渋滞し勝ちであること、亡Aの受傷内容や第三次救急患者であったことを併せ考えると、D病院、E病院への搬送は次善というべく、…D病院、E病院の存在も、本件診療拒否の正当理由とすることは、できない。

イ 被告病院における救急体制及び本件夜間救急における具体的状況
「医師が診療中であること、特に当該医師が手術中であることは、診療拒否を正当ならしめる事由の一つになり得る。」
しかし、本件では、被告において、夜間救急担当の前記医師11名…特に亡Aの本件受傷と密接に関連する診療科目である外科の専門医師は当時いかなる診療に従事していたのか等について、具体的な主張・立証をしない。
右各事実の具体的な主張・立証がない以上、未だ被告病院の本件診療拒否を正当ならしめる事由(医師が診療中)の存在を肯認するに至らない。

ウ 本件連絡時における特定診療科目担当医師の不在
「担当医師不在は、場合によつて診療拒否の正当理由となり得ると解される。」
「しかしながら、本件においては、亡Aの本件受傷と密接な関連を有する外科専門医師が在院していたことは前記認定のとおりであり、一方、被告は、救急車が現実に被告病院まで亡Aを搬送して来たならば同病院において同人を必ず受入れていた趣旨の主張をし、証人Fもまた、右主張にそう証言をしている。」
「ただ、Aを受入れた場合、被告病院としてはいかに処置するのか、また、その場合における宅直医師との関係はどうなるのか等について具体的な主張・立証をしない。」
「右認定を総合すると、結局、被告の前記医師ら不在は、被告病院の本件診療拒否の正当事由たり得ないというべきである。」

【ポイントの解説】

1)診療拒否の成否
医療機関側が患者の受入れを明確に拒絶した場合、それは診療拒否になります。
しかし、現実には、消防局への医療機関の回答が単なる情報の提供なのか、診療拒否の意思表示なのかは、極めて困難な線引きを要求されます。本件では、詳細な事実認定を行い、診療拒否にあたるとしました。

2)診療拒否の効果
医師法第19条1項は、「診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」と規定しており、これを応招義務(応需義務)といいます。
診療拒否があった場合、応招義務違反ということになりますが、これが、直ちに医療側の民事責任の根拠(注意義務違反)となるかは微妙な問題です。応招義務は、医師が国家に負担する公法上の義務であり、患者に対し私法上直接負担する義務ではないとされているからです。
 この判例は、医師が診療を拒否して患者に損害を与えた場合には、過失があるという一応の推定がなされるとしました。すなわち、患者側が診療拒否の事実と損害の発生を立証すれば、医療側は正当事由の存在を証明しない限り、医療側に過失があると推定されることになります。

3)正当事由
正当事由とされたものとしては、従来、医師の病気・不在、専門外であること、別の患者を診療中であること、設備がないこと等がありました。
他方、正当事由にあたらないものとしては、診療報酬不払い、時間外であること、医師の軽度の疲労等があげられていました。
しかし、近時は、具体的事案における医療側の事情、患者側の事情、医療環境といった諸般の事情を総合して正当事由の存否を判断すべきであるというのが多数説となっており、本件でも、判決は、周辺の救急医療体制、当該病院における救急体制及び本件夜間救急における具体的状況、本件連絡時における特定診療科目担当医師の不在等を総合的に判断して、正当事由なしとしました。

4)診療拒否による損害
診療拒否事件では、診療拒否と死亡との因果関係の立証は困難とされています。
本件では、死亡による損害(逸失利益)ではなく、診療を受けるという法的利益の侵害による精神的苦痛に対して慰謝料が請求され、それが認容されたという点が特筆されます。

(千賀 守人)

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