判例解説
判例解説について
医療事故の責任追及。あってはならないことですが、現代社会においては、避けては通れない問題かもしれません。
この問題にどのように対処するかというのは切実な問題ですが、少なくとも、訴訟に至り、裁判所で責任を認められないようにするためには、これまでの医療訴訟で、裁判所がどのような点に着目し、医療機関の責任を認めてきたのかを知ることが重要です。
ただ、これまで数多の医療訴訟が提起されており、それら全てについての裁判例を意識して、医療活動を行うというは、不可能です。
そこで、ここでは、様々な医療活動の場面でポイントとなる基本的な判例について、みていくこととします。
医師と患者の法律関係を考える際、その基本となるのは、診療に際して、医師と患者が診療契約を締結するということに始まります。
そこで、まず、この診療契約がどのような法的性質を有するものなのかということを把握することが医師と患者の法律関係を考えていくうえで、重要になります。
→診療契約をめぐる諸判決について
医師と患者の関係が診療契約(申込と承諾の合致)に分析されるとしても、医師法19条1項は、「診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」と定めており、この応招義務との関係で、診療拒否をどうとらえたらよいのか問題となります。
→診療拒否事件に関する判決
医療機関は、診療契約に基づき、患者に対して、その時点において当該医療機関に要求される医療水準を前提として、善良なる管理者の注意をもって適切な診療行為を実施することを内容とする債務を負うとされます。
そこで、医療機関が適切な治療を行わず患者に損害が発生したという場合、医療機関の契約責任(債務不履行責任)が問題となります。
言い換えると、診療契約において、医療水準に照らして、医療機関が善良なる管理者の注意をもって適切な診療行為を行わずに患者に損害が発生した場合、患者は医療機関にその損害の賠償を求めることができます。
また、同時に、民法は、故意又は過失によって他人の権利を侵害し、これによって他人に損害を生じさせた場合、加害者は、被害者に対して、財産的損害のほか精神的損害を賠償しなければならないとしており、これに基づき問われる責任を不法行為責任といいます。
裁判実務においては、いずれの法的構成に基づく請求権も別個独立に存在し、原告において、いずれの構成も任意に選択できるとされており(請求権の競合)、実際の医療訴訟においても、患者側は、2つの責任を併存的に請求してくるのが一般です。
不法行為責任においてポイントとなるのは、故意で患者に損害をもたらすケースは想定しにくいので、過失、すなわち注意義務違反ということになり、契約責任においても、不法行為責任においても、注意義務違反の有無ということが責任の有無を決する第1の関門ということになります。
そして、この注意義務違反の有無を決する基準というのが医療水準ということになります。
→医療水準に関する判決
→医療水準の判断要素の1つとして医薬品の添付文書(能書)に関する判決
また、医療事件においては、医師の責任の根拠として、診療行為自体の過誤とは別に、説明義務違反の主張がよくなされます。この説明義務の内容を把握することも、重要となります。
説明義務に関しては、多くの判例が出ており
→説明義務をめぐる諸判決
→本人・家族に対するがんの告知事件
注意義務違反の有無が医療水準により判断されるとすると、医師が自ら医療水準に応じた診療をすることができないときは、医療水準に応じた診療をすることができる医療機関に患者を転送すべきであるということになります。
→転医義務容認事件
医療事故の場合に、患者に損害賠償請求権が認められるためには、注意義務違反に代表される加害行為にとどまらず、加害行為と結果(権利の侵害/損害の発生)との間に、因果関係が必要ですが、具体的に、これをどのように判断するのか(どの程度の証明がなされれば認定が可能か)が問題となります。
→この点に関する最高裁の判断を示したものとして、ルンバール事件
(千賀 守人)