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判例解説

診療契約をめぐる諸判決

診療契約をめぐる諸判決について
―札幌地裁昭和52年4月27日判決ほか

【診療契約とは】

患者と病院・医師との間の診療関係を規律する法的合意を診療契約といいます。

患者と契約をした覚えはないなどと言われるお医者様もいらっしゃるかもしれませんが、患者が診察を申入れ(診療契約の申込)、それに対して診察を開始すれば(診療契約の承諾と同一視されます)、患者と病院・医師との間に診療契約が成立します。

【診療契約の法的性質】

民法上、労務を供給する契約には、雇用、委任、請負の3つの類型が規定されています。雇用は、労働者が雇用者に従属して労働それ自体を提供する契約類型であるのに対し、委任は一定の事務処理という裁量的な行為を目的とする契約類型、請負は労務の結果として仕事の完成を目的とする契約類型です。

診療契約により、医師は、患者に従属して労務を提供することになるわけではありえませんから、雇用というのは論外ですが、診療契約が請負だとすると、仕事の完成(治療による疾病の治癒)が目的ということになってしまいます。

この点、多くの判例は、通説に従って、診療契約を準委任と位置付けています(例えば、東京地裁平成元年3月14日判決、東京高裁昭和61年8月28日判決など)。

最近のものでは、大阪地裁平成20年2月21日判決は、「診療契約とは、患者等が医師ら又は医療機関等に対し、医師らの有する専門知識と技術により、疾病の診断と適切な治療をなすように求め、これを医師らが承諾することによって成立する準委任契約であると解され」ると述べています。
準委任とは、委任契約が法律行為の事務の委託を内容とするのに対して、診療契約が法律行為以外の事務の委託を内容としているからです。

しかし、この結果、診療契約には、民法の委任に関する規定が準用されることになります。

もっとも、歯科医療については、請負契約的な捉え方をした判例も見受け られます。

例えば、京都地裁平成4年5月29日判決は、ブリッジの補綴治療について、歯科医師は支台築造やブリッジの設計・製作を適切に行い、少なくとも10年間の長期使用に耐えうるようにブリッジの補綴を施すべき治療契約上の債務を負うと述べました。

【診療債務は結果債務か手段債務か】

診療契約の結果、医療機関側が患者に対して負う診療債務は、患者の身体の安全を保証する結果債務なのか、医師として最善を尽くすべき手段債務なのか、争われています。

この点、多くの判例は、診療債務を手段債務としてとらえています。

例えば、札幌地裁昭和52年4月27日判決は、「診療債務については、これを手段債務と解すべきであるから、まず、治療の手段ないしその前提としての診断については、…それが診療時において一般に是認された医学上の原則に準拠したものであり、かつ、症状発現の程度と認識の手段との相関においてそれが合理的と認められる場合、ついで、療法についても、かかる診断に基づき、適応の肯定できるとみられる薬剤等による治療方法を施すことで足り、治癒の結果の将来それ自体は債務の目的をなさ」ないとしました。

また、山形地裁昭和60年11月11日判決は、医療機関が負う診療債務は「患者に対し一般的医学水準に従って通常要求される程度の注意を払って診療行為をすれば足りるものであって、特段の合意のない限り、原告ら主張のような意味での結果回避義務までも含むものではない。」と述べました。

この結果、診療契約に基づき医療機関が患者に負担する主たる債務は、特約がない限り、治療による疾病の治癒といった一定の結果を約定するものではなく、医師が、その時点において当該医療機関に要求される医療水準を前提として、善良なる管理者の注意をもって適切な診療行為を内容とする債務(手段債務)であるということになります。

そうすると、医療事故において、患者から医療機関の債務不履行責任を問われるとすれば、医師として果たすべき医療水準に反した医療行為を行ったことについてであり、医師として要求される善管注意義務に違反した点についてということになります。
そして、裏を返すと、これは、医療機関としては、医師として果たすべき医療水準に従って医療行為をなしている限り、患者から責任を問われることはないといえると思います。

【患者の義務】

1)診療報酬支払義務
先にみたように、診療契約は、準委任契約です。(準)委任契約の基本型は無償・片務契約ですが、診療契約については、報酬支払特約付きの有償・双務契約であると解されています。 したがって、患者には、民法648条1項により、診療報酬支払義務が課されることになり、この点は、自由診療であっても、保険診療であっても異なりません。

2)患者の協力義務(情報提供義務)
患者に対して適切な医療行為をなすためには、患者の情報提供が不可欠であり、診療契約が双務契約であるとすると、患者側の義務も導き出すことも可能になります。

神戸地裁平成6年3月34日判決は、「医療行為は、その性質上医師と患者の信頼関係、協同関係を基礎として行われるものであるから、患者としても誠実にできる限り正確な情報を提供すべきであり、患者が誤った情報を提供した結果、医師が診断を誤ったとしても、医学常識に照らし容易にそれが誤った情報であることが判明する場合は別として、医師の注意義務が軽減される」と述べました。

この結果、具体的には、患者が故意・過失により重要な情報を伝えなかったために、医師が医療行為に必要な情報を取得できなかった場合には、たとえ医療機関に問診義務違反等があって当該義務違反と結果との間に因果関係が認められるときであっても、過失相殺により、医療機関の損害賠償責任を否定ないし軽減されうることになります。

過失相殺とは、債務不履行又は不法行為による損害賠償において、債権者又は被害者にも過失があるときに、これを損害賠償の責任又はその金額を定めるについて斟酌すること、又はこれを斟酌して損害賠償の責任を免除し若しくはその金額を減額することをいいますが、債務不履行責任を追及された場合には、損害賠償責任の有無・金額の両方で考慮できるのに対して(民法418条)、不法行為責任を追及された場合には、損害賠償の金額についてしか考慮できません(民法722条2項)。

(千賀 守人)

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